投稿日:2026年6月10日
医者はなぜ鍼灸を嫌うのか?——不妊治療の現場から見えてきた現実
カテゴリ: 初めての鍼灸
はじめに——「鍼灸院には行くな」と言われた患者さん

先日、不妊治療中の患者さんが来院されました。
話を聞くと、通っている不妊クリニックの担当医に、こう強く言われたというのです。
「鍼灸院には行かないでください」
単に「あまりすすめません」ではなく、「行くな」という強い否定。その言葉に戸惑いながらも、それでも藁にもすがる思いで当院を訪ねてきてくださったのでした。
この話を聞いたとき、私の頭にいくつかの感情が交錯しました。悔しさ、もどかしさ、そして——正直に言えば、「その医師の気持ちもわからなくはない」という複雑な思い。
今回の記事では、なぜ医師の中に鍼灸を嫌う人がいるのかを率直に考えていきたいと思います。そしてその上で、医師と鍼灸師がどのように信頼関係を築いていけるか、患者さんのために何ができるかを、鍼灸師の立場から発信します。

この記事の執筆者
ミントはり灸院 院長
森本 賢司
高度専門鍼灸師
【略歴】
神戸東洋医療学院卒業
神戸東洋医療学院にて河村廣定先生に師事
明治国際医療大学 大学院 修士課程 修了
神戸東洋医療学院 非常勤講師
【資格】
はり師免許証・きゅう師免許証
1. 医師は本当に鍼灸が嫌いなのか?——現場の肌感覚
医師の中で「嫌う」のはマイノリティだが声が大きい
正確に言えば、医師のすべてが鍼灸を嫌っているわけではありません。
日本統合医療学会には多くの医師が在籍し、補完療法を積極的に取り入れようとする動きは、がん医療・緩和ケア・整形外科・産婦人科など多くの分野で着実に広がっています。看護師にいたっては、鍼灸に対して好感を持つ方や、自ら受療している方も少なくない印象があります。
しかし、一部の医師——とくに保守的・父権的な医療観を持つ方の中には、補完療法全般に対して強い拒否反応を示す方がいるのも事実です。
その声は患者さんを通じて鍼灸師のもとに届き、時に「行くな」という言葉となって患者さんの選択肢を狭めてしまう。冒頭の不妊患者さんのケースは、その典型的な例でした。
不妊クリニックでの鍼灸の認知度
全日本鍼灸学会誌に掲載された調査研究(2021年)によれば、全国の不妊クリニックの約55%が不妊治療における鍼灸を「認知している」と回答しています。しかし、実際に院内に鍼灸を導入している施設はわずか**8.3%**にとどまり、72%の施設では「今後も導入予定はない」という回答でした。
導入しない理由として最も多かったのは**「鍼灸治療に十分なエビデンスがあると感じられない」(59.3%)**でした。
ただ、これは2015年時点のデータです。今は状況が変わってきています。
2. 「エビデンスがないから」は、もう昔の理由
鍼灸のエビデンスは急速に整いつつある
かつて医師が鍼灸を敬遠する最大の理由は「科学的根拠がない」でした。たしかに以前は、質の高い臨床研究が少なく、「気のせい」「プラセボだ」という批判を受けることも多かった。
しかし今は違います。
世界的に権威ある医学誌に、鍼灸のランダム化比較試験(RCT)やシステマティックレビューが次々と掲載されています。がん患者の疼痛・倦怠感・悪心に対する効果、不妊治療における妊娠率への影響、腰痛・頭痛・変形性膝関節症への有効性——これらについては、すでに一定水準のエビデンスが積み上がっています。
たとえば不妊の分野でも、大阪の美馬レディースクリニックが自院のデータとして報告しているように、人工授精を受けた187名を対象にした検討では、鍼灸を併用したグループの妊娠率が10%高く、流産率が10%低いという結果が出ています。
NHKも補完医療・統合医療のテーマで鍼灸を取り上げる機会が増え、医療者だけでなく一般の方にも「鍼灸=非科学的なもの」という認識は薄れつつあります。
「エビデンスがないから」は、いまや昔の理由です。
それでも医師の一部が鍼灸を嫌う——本当の理由はどこにあるのか
エビデンスが整いつつある中で、それでも一部の医師が鍼灸に対して否定的な態度をとり続けるとすれば、その理由はエビデンスの問題だけではないはずです。
では、本当の理由は何でしょうか。
3. 医師が鍼灸を嫌う「本当の理由」——鍼灸師自身の問題
これは、鍼灸師として非常に言いにくいことですが、正直に書きます。
医師が鍼灸を嫌う最大の理由のひとつは、鍼灸師側にあると私は考えています。
SNSで蔓延する「ポジショントーク」
SNSや一部のブログを見ていると、こんな発信をする鍼灸師をたびたび見かけます。
「西洋医学は対症療法に過ぎない」
「薬は身体に毒を入れるだけ」
「医者では治せないものが鍼灸で治る」
「がんはこのツボを刺激すれば改善する」
これらは、医師や西洋医学を否定することで相対的に自分(鍼灸)の価値を高めようとする、典型的なポジショントークです。
患者さんにとっては、その情報が「本当らしく」聞こえることもある。しかしそれは多くの場合、科学的根拠を欠いた誇張であり、場合によっては患者さんに実害をもたらします。
標準治療を拒否して鍼灸だけに頼った結果、がんの発見が遅れた——そういう悲劇的なケースが、実際に報告されています。
医師から見た「鍼灸師への不信感」の正体
同じ医療の現場で患者さんに関わる職種として、医師が鍼灸師を見たとき、こういう発信を目にしたらどう感じるでしょうか。
「こちら(医師・西洋医学)を否定しながら、患者さんを取りに来ている」
そう感じるのは自然なことです。医師が怒るのも、「鍼灸院には行くな」と言いたくなるのも、その文脈を考えれば理解できます。
医師の不信感の本質は、「鍼灸そのもの」ではなく、**「一部の鍼灸師の行動」**にあることが多いのです。
患者さんに不利益を与えている鍼灸師の存在
さらに言えば、資格を持ちながら適当な説明で患者さんに過度な期待を与え、経済的・身体的・時間的な不利益を与えている鍼灸師も、残念ながら存在します。
そういう事例を見聞きした医師が、「鍼灸師は信用できない」という結論を出すことは、むしろ患者さん思いの医師だからこそ起きる反応とも言えます。
4. 変わりつつある医療の構造——「患者中心」の時代
父権的医療から患者中心の医療へ
かつての医療は、「医師が正しい答えを知っていて、患者はそれに従う」という構図でした。いわゆる父権的(パターナリスティック)な医療です。
しかし今はそうではありません。
医師も、看護師も、薬剤師も、理学療法士も、そして鍼灸師も——それぞれの専門性を活かして、患者さんを中心に取り囲むようにケアを提供する時代になっています。主役は患者さんであり、医療職はその支援者です。
この枠組みの中では、医師と鍼灸師は競合する関係ではなく、それぞれ異なるアプローチで患者さんの生活と健康を守るチームメンバーです。
内ゲバをして患者さんを「自分のもの」にしようとする発想は、この時代の医療倫理に反しています。医師を批判して患者さんを集めようとすることも同様です。
5. 病院の最前線では、医師は鍼灸師を迎え入れている
鍼灸師と医師の関係が対立のみではないことは、すでに病院の現場が証明しています。
国立がん研究センター中央病院:緩和ケアチームに鍼灸師
日本のがん医療の最前線である国立がん研究センター中央病院の緩和ケアチームは、医師・看護師・薬剤師・心理療法士に加えて、鍼灸師がその構成メンバーに名を連ねています。
がん患者の痛み・倦怠感・不眠・不安——これらに対して、医師の指示のもと鍼灸師が施術を担当し、チームとして患者さんのQOL向上に貢献しています。これは「医師が鍼灸を嫌っている」というステレオタイプを大きく覆す事実です。
神奈川県立がんセンター:日本唯一のがん専門病院常設「東洋医学科」
神奈川県立がんセンターには、日本のがん専門病院で唯一の常設東洋医学科が設置されています。がん治療に伴う苦痛・症状の緩和を、西洋医学とは異なる視点から行う専門科として、患者さんに多様な治療手段を提供しています。
筑波技術大学・東西医学統合医療センター:医師と鍼灸師が同じ施設で連携
国立大学法人の附属施設として、筑波技術大学東西医学統合医療センターでは医師の診察と鍼灸施術が同一施設内で提供されています。医師が鍼灸の適応を判断し、必要と認めれば施術を案内するという、まさにチーム医療の理想的なかたちが実践されています。
これらの病院事例は、少なくない医師が鍼灸の効果と意義を認め、自分たちのチームに受け入れていることを示しています。
6. 医師と上手くやっていくために——鍼灸師がいま取るべき行動
では、私たち鍼灸師は何をすべきか。
① ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を徹底する
患者さんを通じて医師と間接的につながることになる場面では、必ず報告・連絡・相談の文化を持つことが重要です。
施術内容の記録を残し、患者さんから「先生に伝えてください」と言われたことは迅速に主治医へ届ける。異常があればすぐに受診を勧める。医師への紹介状・施術報告書を積極的に作成・送付する。
こうした地道な行動が、医師から「この鍼灸師は信用できる」という評価につながります。
② 医療用語で会話できる専門性を持つ
医師と話すとき、「気が滞って……」「東洋医学的には……」という説明だけでは、医師との接点が生まれません。
患者さんの状態を西洋医学の言語——「化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)に対して、低周波電気鍼を施術しています」「自律神経のバランスを促すことでHPA軸のフィードバックに働きかけます」——で説明できることが、対等なコミュニケーションの前提です。
不妊の現場なら、AMH・E2・FSH・胚移植・ERA検査といった医学的背景を理解した上で、鍼灸的アプローチを説明できるかどうかが問われます。
③ 実際に顔を合わせて「人となり」を知ってもらう
信頼関係は、顔を合わせなければ生まれません。
勉強会・学会・症例検討会などへの参加、地域の医師会イベントへの出席、あるいは個別に手紙や電話で「患者さんを一緒に診ています」と挨拶する——こうした小さな接触の積み重ねが、やがて「あの鍼灸師なら安心して患者さんを送り出せる」という評価につながります。
④ 医師を否定する発信を絶つ
これはとくに若い鍼灸師に伝えたいことです。
SNSで医師や西洋医学を批判することは、短期的には「いいね」を集めるかもしれません。しかし、それを読む医師・看護師・患者さんは、発信者である鍼灸師を信頼しなくなります。
患者さんの利益を中心に置けば、医師を否定する必要はどこにもありません。「私はこういうアプローチで患者さんの役に立てます」——その一点に集中することが、最も誠実な情報発信です。
7. 医師側の変化——学ぶ機会が増えてきている
医師側の意識も、少しずつ変わり始めています。
医学部のカリキュラムに補完医療・統合医療の講義が組み込まれる大学が増え、漢方薬については実際に処方できる医師が急増しています。鍼灸についても、経験のある看護師・患者さんから「鍼灸がよかった」という話を聞いた医師が、消極的ではあっても「試してみてもいいかも」と患者さんに伝えるケースが増えつつあります。
まだ「積極的推薦」には至らない医師が多いのが現実です。しかし、「否定から無関心へ、無関心から消極的肯定へ」という変化は、確実に起きています。
この流れを加速するのは、エビデンスの蓄積と——そして何より、信頼できる鍼灸師の存在です。
8. 患者さんを中心に、ともに考える
冒頭の不妊治療中の患者さんに話を戻します。
「鍼灸院には行くな」と言った医師の言葉が、患者さんを傷つけたことは事実です。しかし私は、その医師を一方的に責める気持ちにはなれません。
もしかしたら過去に、医師を批判するSNS投稿をしていた鍼灸師の発信を見ていたかもしれない。適当なことを言って患者さんに不利益を与えた「鍼灸師」の話を聞いていたかもしれない。その結果として、「鍼灸師は信用できない」という判断が形成されていたとしたら——それは、鍼灸師業界全体の問題です。
患者さんのためを思えばこそ、医師と鍼灸師は対立すべきではありません。患者さんを中心に据えて、それぞれが専門性を発揮しながらチームとして支える——この当たり前のことを実現するために、私たち鍼灸師にできることは山ほどあります。
おわりに——このブログでこれから発信していくこと
多職種連携が医療の標準となりつつある今、鍼灸師にはこれまで以上に大きな可能性があります。
国立がん研究センターの緩和ケアチームに鍼灸師が入り、神奈川県立がんセンターに東洋医学科が常設され、不妊クリニックとの提携を進める鍼灸院が生まれている——この現実が、鍼灸師の未来を指し示しています。
鍼灸師が医師や看護師と肩を並べて、患者さんのために活躍できる社会を作ること。
そのためには、個々の鍼灸師が信頼性を高め、連携の文化を育て、エビデンスを学び続ける必要があります。このブログでは、支持医療・統合医療・不妊鍼灸・多職種連携をテーマに、鍼灸師がどのように社会の中で活躍できるか、患者さんのためになる情報を、これからも継続して発信していきます。
「医者に行くな」ではなく、「医者と一緒に、患者さんのために動く」——それが、私たちのあるべき姿だと信じています。
まとめ
- ・医師の一部が鍼灸を嫌う理由は、「エビデンス不足」だけではない
- ・最大の原因のひとつは、医師や西洋医学を批判する鍼灸師のポジショントークにある
- ・鍼灸のエビデンスは急速に整いつつある。NHKでも取り上げられ、論文数は増加している
- ・国立がん研究センター・神奈川県立がんセンターなど病院の最前線では、医師が鍼灸師を迎え入れている
- ・医師と連携するために必要なのは、ホウレンソウ・医療用語での会話・顔の見える関係づくり
- ・患者さんを中心に、医師も鍼灸師もチームとして動くことが、これからの医療の姿
参考資料
- 1.全日本鍼灸学会誌「不妊クリニックにおける鍼灸治療導入の実態に関するアンケート調査」(2021年、J-STAGE)
- 2.国立がん研究センター中央病院「緩和ケアチーム」(公式サイト)
- 3.神奈川県立がんセンター「東洋医学科」(公式サイト)
- 4.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター「統合医療とは」
- 5.美馬レディースクリニック「不妊における鍼灸治療の効果」(院内データ報告)
- 6.厚生労働省「統合医療」情報発信サイト eJIM
- 7.日本統合医療学会「統合医療とは」
当院「ミントはり灸院」は、根本から改善することに特化した神戸の鍼灸院です《年間10,000人超の実績》。六甲道駅3分”六甲院”/三ノ宮駅6分”三ノ宮院”/明石駅5分”明石院”の3店舗がございます。全室個室でマンツーマンで施術しています、ぜひお越しください。























